しっとりした感触。本物もこれ くらい……と思わせる重み。うっすら浮き出た血管、ほくろ。微妙な色合いを再現する乳頭と乳輪。「ブレストケア京都」の人工乳房は、医療用シリコン100％使用。胸部と乳房の型を取り、型に何層にもシリコンを塗り重ね、1か月かけて製作します。

「手術の範囲によって、術後の筋肉の動かし方や、肩の上げ下げ感がちがってきます。生活習慣や趣味によっても変わる。私たちは、その方のライフスタイルをうかがうところから始めます。たとえば趣味で登山する方は、リュックの肩紐が胸に当たる。型取りのとき、ご自分のリュックをご持参いただいて、どこに肩紐が当たるのか確かめながら、形を整えるんです」
と、ブレストケア京都の代表・林かおりさん。
なるほど。形や色だけでなく、その人の動きにフィットさせることが、ブレスト・アーティストの技。オーダーメイドならでのメリットなんですね。

▲人工乳房のサンプル

いまでは、乳房再建手術を行う人が増えています。シリコン・インプラント法の保険適用（2013年）が大きなきっかけでした。ただし、それ以前に切除手術を受けた人にとって、乳房再建という選択肢はとても遠いものでした。

「人工乳房のことをいちばん知っていただきたいのは、乳房を切除されて、いま、ふつうに暮らしていらっしゃる方たちなんです。
乳がんは治っても、手術の痕は残ります。たとえば家族と温泉に行こうという話になったとき、いっしょにお風呂に入ることを、ついためらう。相手に気を遣わせたくない、と。だから温泉にはもう何年も行ってない……。そんな女性にこそ使ってもらいたい」

人工乳房は、シリコン専用の接着剤で直接、肌に装着します。あらかじめパッチテストを行なって、接着剤の適性も確認します。連続装着の目安は3日ほど。
「温泉旅行に行かれても、お風呂に入るときも寝るときも、つけっぱなしで大丈夫ですよ」

▲乳房再建した人のために乳頭だけのオーダーメイドにも応じている

林かおりさんがこの仕事を始めたきっかけは、お母さまの乳がんでした。
転移が見つかり、再建手術をあきらめたお母さまが、ある日、こうおっしゃったそうです。
「私の乳房、つくってくれない？」
その願いをかなえようと、名古屋の人工乳房製作所スクールに通い、製作技術を身につけました。

そして、ある日、林さん自身も乳がんをうたがわれて、乳腺外科を訪ねることになります。
「もし私が乳がんなら、手術後は人工乳房にしたいとお話したんですが、先生は人工乳房のことをご存じなかったんですよ」
もっともっと、乳がんの患者さんたちにも知ってもらいたい。その思いが募って、2014年、地元の京都に会社を設立しました。

▲型取りした乳房

林さんの会社で働く技術者の約半数は、乳がんを経験しています。「同じ体験、同じ不安を経てきた女性同士で、話し合いながらつくるんです。
人工乳房はご本人とわたしたち技術者との共同製作物なんです」

共同作業の最後の工程は、乳房の色合わせです。「乳頭に色がついた瞬間、みなさんの顔がパッと輝きます。『そういえば、こんなやったかな』と手を当てて、照れくさそうに笑われますね。60代、70代の女性も多いんですよ。乳頭の色がついた瞬間、泣かれるんです。私のおっぱいが帰ってきた、と」装着した人たちを、そこまで感動させる技術の高さには、あらためて驚かされます。

■乳房再建と人工乳房の違い

▲お客さんの肌に合わせて色を塗る。

乳がん切除手術後に行なわれる再建手術には、大きく分けて「シリコン・インプラント法」と「皮弁法」の2つがあります。ともに長足の進歩をとげています。 ただし、再建された乳房がご本人にフィットするかどうかは、術後にしかわかりません。乳がん治療の真っ最中に、再建乳房の細部について医師と相談する余裕はないという声も聞きます。 人工乳房は「医療」ではないので、保険診療の対象になりません。
費用の問題はありますが、第3の選択肢として考え始めていい時期を迎えているように思えました。