市川伸介(いちかわ・しんすけ)さん
尾西食品株式会社 取締役営業企画部長
2016年6月に政府の地震調査研究推進本部から発表された「全国地震動予測地図」はご存知でしょうか?今後30年間に震度5強または震度6弱の揺れに見舞われる確率を示したもので、建物倒壊が始まるとされる震度6弱以上の確率では、太平洋側の南海トラフ巨大地震の震源域周辺が上昇しています。
発表によると、太平洋側では地震を引き起こす海側と陸側のプレート境界のひずみが増え静岡市で68%、津市で62%、和歌山市で57%、高知市で73%と非常に発生確率が高く、主要都市では札幌市0.92%、仙台市5.8%、東京都47%、横浜市81%、名古屋市45%、大阪市55%、広島市22%、福岡市8.1%ということでした。
災害発生時は、ライフラインや物流網の途絶が想定され、コンビニ、スーパーでの食糧調達は不可能となります。発生確率8%と予想されていた熊本でも地震が起こった今、どの地域でも発生する可能性はあります。また、地震、津波にとどまらず、火山の噴火、事故などいつ起こるか予測がつかない災害に備えるため、食糧の備蓄は必須とされています。「身近に地震が迫っている」という危機感を、ひとりひとりがしっかりと持ってください。
東日本大震災の直後、被災地では食糧の供給が止まり危機的な状況が長く続きました。そのためにも自分の命は自分で守る「自助」は基本です。緊急避難用品や災害食を事前に準備するなどできることはいろいろとあります。次に、動ける人は支援者として近隣の高齢者や地域住民を助けあう「共助」が必要になってくるのです。行政による「公助」には時間がかかり限界があるのです。人命救助が必要な状況においては、救難、救助活動が優先され、避難所にたどり着けるかもわかりません。またたどり着いたとしても食糧がいきわたるとは限りません。自分や家族の食糧は各自で確保し、自分の命を守り生き抜くことが最優先なのです。そして、生きていられたら周りの人を助けて欲しいのです。
「非常食」といえば、缶入りの乾パンなど長期間保存できて、いざというとき手を加えずに栄養補給ができる食品をイメージしますよね。しかし、阪神淡路大震災(1995年)では、被災者から様々な声があがりました。
「乾いたものばかりで喉が渇く」「おいしくない」「あたたかいもの食べたい」…。災害は不安やストレスをもたらし、心に傷を与え、さらに慣れない避難生活の中で食欲もなくなってきます。
そこで生まれた新しい概念が「災害食」です。異常事態が起こった不自由なときに食べる食べ物を「災害食」と呼びます。災害時のような異常事態には、何よりも食事というものは命をつなげる以上の大きな意味があるのです。心に傷を負った方々に必要なのはいつもと変わらないおいしい食事です。単なる栄養補給ではなく、口にしてホッとするもの、生きる力になる「おいしい」「あたたかいもの」なのです。
各家庭で備蓄する食料は「3食3日分」が基本です。ライフラインが寸断されても、救援物資が届くまで持ちこたえるためです。
災害発生直後は水や熱源がなく、人命救助が先決の大混乱状態。包装を開けすぐ食べられるものが望ましいですね。腹の足しになるものとして、加工が不要なクッキーやクラッカー、袋入りパン、缶詰などです。水をそそぐだけでおいしいご飯にもどる「アルファ米製品」で炭水化物をとることができれば、力がわいてきます。その後、お湯を沸かせるようになれば、温かいご飯を口にすることができます。
東京都調布市で学校給食を食べた小学生がアレルギー反応を起こし、亡くなった事故(2012年)以来、子どもの口に入るものを真剣に考えようとの気運が高まっています。しかし東日本大震災当時は、食物アレルギーへの認知度はまだ低く、避難所にもアレルギー対応食品が十分に備蓄されていませんでした。
配給の列に並んだ食物アレルギーのお子さんが「ぼくは○○が食べられません」と伝えても、「わがままはだめ。こういうときは何でも食べないと」と、単なる好き嫌いの問題にされてしまうことも多かったようで、少なからぬ子どもたちがアレルギーを発症し、病院に運ばれてしまったのです。
その後2015年に「アレルギー疾患対策基本法」が施行され、自治体の避難所や企業でも対応食品の備蓄がすすめられています。
「南海トラフ地震」を想定した最新の報告書では、「7日分」の備蓄が推奨されています。自治体が住民全員の食料を用意するのは不可能です。避難所に駆け込んでも支援が受けられるとは限らない。だから、非常時には自分の食料は自分で賄おうというわけです。
とはいえ、水ひとつとっても、7日間となると1人分で21リットル。家族全員分を備蓄するのは大変です。そこで取り入れたいのが、「ローリングストック方式」です。ふだんから食料を少し多めに買っておいて、食べた分だけ買い足します。つねに家庭在庫を潤わせておきます。目指すは「3食3日分の災害食+4日分の家庭食」。
また、購入した災害食を、いざという時に本当に食べることができるのか、各家庭で備蓄食糧を見直すとともに、実際に使用してみる、食べてみることをおすすめします。そういう意味でも、定期的にローリングストックした食品を食べ、おいしいものや好きな味をまた買い足しておいてください。
弊社は宮城に工場があり、東日本大震災の際には被災した立場でもありましたが、幸い工場の被害も少なかったためすぐにアルファ米の生産を開始し、現地で配布の活動を行いました。多くの方々はその時までアルファ米を食べことがなく、その「おいしさ」に驚かれた様子でした。同時に「あたたかいご飯を食べてホッとした」であったり、「子どもや高齢者には乾パンは硬くて食べられなかったので嬉しかった」と言ったお声を頂戴しました。非常時だからこそ、あたたかくてやわらかくておいしいご飯を食べることが生きる力につながる、と肌で感じました。
そのときの経験がその後の商品開発や、「安心を提供する企業」としての質を高めたことに間違いありません。お子さまや高齢者、アレルギーをお持ちの方にも安心して食べられること、長期間食べ続けて飽きてしまわないよう多くの味も用意しました。企業として、出るゴミをなるべく少なくすることも重要だと考えています。何よりも、非常時の混乱した状況のなかだからこそ、おいしいものを提供することにこだわり続けます。